社畜会社員の『生活』『疲労』改善プロジェクト

終電、満員電車、安い飯、短い睡眠時間。そこからくる疲労、ストレス心の闇。まずは生活と疲労を安定させれば何か変わると思うのです。一緒に一歩進みましょう。

このまま進んで5人事故で死んでしまうか、避けて1人を殺すか??

 

『このまま進んで5人事故で

 死んでしまうか、

 避けて1人を殺すか??』

 

政治哲学者のサンデルさんが、

授業でよくする質問だそうです。

 

自分が電車の車掌だと想定してください。

 

今快調に電車は走っています。

しかしこのまま進んでしまうと

前方に不注意でいる5人が間違いなく

死んでしまいます。

 

待避道に進めばそちらにいる、

1人を殺してしまいますが、

5人は助かります。

 

さぁどちらへ進みますか。

 

この質問をされると多くの人は

待避道に進むそうです。

 

5人>1人

 

という図式が瞬時に頭に浮かぶのでしょう。

 

私もそう思いました。

 

しかし西村ひろゆきさんは

間違いなく5人の方に突っ込むとのことでした。

 

なぜか?

 

5人の方に突っ込めば事故の当事者

待避道に行けば人を1人殺すという

選択を自らした

殺人の当事者になるというのです。

 

この質問には答えはありません。

 

ですが後者の意見

はっとした人も多いでしょう。

 

これに関する問題は、

どちらを選ぶかではないと思うのです。

 

2つの意見を頭に浮かべた上で、

どちらかを選ぶ

ことができたかだと

思うのです。

 

意見を頭に浮かべることができなかったのであれば、

やはりまだまだ

思考の幅が狭いのでしょう。

 

私もその1人です。

 

知識もそうですが、

思考の幅を広げるというのも、

本当に価値のある大事な決断を今後

していくには大事なことかもしれません。

 

 


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いらいらした時は『〜で良かった』と思うと良い

 
 
 
 
結構すぐイラっとするんですよ。
 

特に仕事中ね。
客、職場の人、上司などなど。

必ずしも自分に正当性がないことは
重々承知しております・・

だからそんな自分に悲しくなったり
呆れたり。

で、前に読んだ本で、
ある事象が起きた時に、
それを無理矢理にでも
『〜で良かった』

と心の言葉を置き換えるんだって。

例えば運転しているところに、
おばさまが飛び出してくる。

普通だったら

「クソババアが危ねぇぞ!周り見やがれ!!」

なんて思うわけですよね。

そこを
「飛び出して着て危なかったけど、何もなくて良かった。気をつけよう」

と置き換えるわけですね。

やってみると
意外と冷静になるか
ちょっと落ち着きますよ。
客観的に事実を把握できるから。

 


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外国から見たら日本ってスゴイです的な番組に憤りを感じる件

「ヨッ!日本一(ニッポンイチィ)ヨッ!日本一(ニッポンイチィ)」[モデル:鈴木秀]のフリー写真素材を拡大

最近ふとテレビをつけると、

結構よく見かけるんです。

 

 

外国人の方が日本の技術などを

調査や見学に来て、

絶賛するという番組。

 

 

外国の方が日本の

絶賛をするという番組

 

 

これなんの意味があるんですかね?

 

 

もちろん日本の技術で素晴らしいものが

あるのは確かですし、

それは誇るべきことでしょう。

 

 

その凄さの表し方が

先述したような表現の仕方

というのはいささか疑問が残ります。

 

 

そんなやり方でしか、

自尊心をを保てないほど、

日本人の民度低くなって

しまったのでしょうか?

 

 

あたかも

 

「日本の技術は

 他国より優れていて、

 他の国は日本に

 追いつくために頑張ってます!」

 

 

みたいな構図に腹がたつのです。

 

 

そしてそんな番組を作る人の

馬鹿さ加減にも腹が立ちますが、

そんなものが続いているということは、

それに需要があるという

事に悲しくなります。

 

 

素晴らしい技術があるのなら

和風総本家みたいに単純に、

その技術の凄さを

淡々と紹介すればいいと思うのです。

 

 

さらに言えば

 

 

『他国に比べ日本の

 技術は圧倒的に優れています!』

 

 

というような洗脳を施す事によって、

日本人の思考の停止が進む事でしょう。

 

 

そんなくだらない形で

自尊心を維持している暇があったら、

(数字が取れるかは知りませんがw)

日本に来たくない

外国の方が何を考えているのか。

日本にない他の国の

先端技術を紹介する事の方が

余程重要でしょうに。

 

 

是非次の改変ではこういう番組が

なくなりますように。

 

 

 


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タダほど怖いことはない。気付いたら他人の家の仏壇の前に正座させられていた話

 

私は以前求人サイトの営業をしていました。

 

その日はある美容室が最後のアポでした。

確か19時頃だったと思います。

 

着いてみると50代くらいの

女性オーナーA氏のお店で、

大きいわけではありませんが、

非常に凝っていてお金がかかっている感じが

すぐにわかりました。

 

話してみると非常に感じのいい人で、

私もその日最後のアポということで

かなりリラックスをして話していました。

 

A氏は知り合いの

男性オーナーB氏

仲が良く、これからここに来るから、

一緒に話をしていけばいいとのことでした。

 

美容室のオーナーなら、

こちらとしてもちょうどいいので、

こちらとしても歓迎という感じでした。

 

そしてB氏が来ました。

こちらも気さくでなんとも

気のいいおじ様でした。

 

3人で雑談に花が咲き、

1時間位話していたでしょうか。

 

どんな話の流れだったかは

わからないのですが、

成功の秘訣みたいな話をB氏がし始めました。

 

A氏、B氏共に貯まっているのだが、

私は貯まっていないから

成功できないのだと言うのです。

 

なんのことやらと言う感じでした。

 

何が貯まると言うのかと言う質問をしても、

政治家に質問しているような感覚になる程、

はぐらかされます。

 

今度はエピソードを話し始め、

奥さんの不治病が治った話などを

始めました。

 

それもやはり貯まっているからなのだそう。

 

ここで質問を変えました。

 

どうやったら貯まるのですかと。

 

やはりこれもぼんやり、

誤魔化されて、

また話がそれていくのです。

 

そしてまた30分くらい経過したところで、

今度は向こうから貯め方について話を始めました。

 

どうやら、

『本を読む』

と貯まると言うのです。

 

本を読むだけでハッピーになる?

自己啓発の類かと納得しました。

 

よほど人の心を動かすいい本なんだろうなと思い、

 

自己啓発本かなんかですか?』

 

と聞いたところ、

まぁそんなところだよと

煮え切らない回答。。

 

でもまぁせっかくのいい機会だから、

自己啓発本タイトルだけでも

教えてくださいよと伝えました。

 

しかし、一向に教えてくれません。

 

ただし1冊くらいなら近くにあったかもしれないと

言うのです。

 

それでよければタダであげるよと言うのです。

 

『おっ!ラッキータダなら貰っとくべ!』

 

と思いもらうことにしました。

 

するとここにはなく、

近くにあるから、車で連れていくよとのこと。

 

帰りも最寄り駅まで送ってくから安心して!

心強い言葉

あ〜良い人達だなぁと感心しながら、

車に乗り込みました。

 

 

※ここで1つだけ言わせてください。

 私は結構その日疲れていました。

 思考が停止していたのです。

 決してバカではないのです。笑

 

そして車に乗って10分くらい経ちました。

 

『あれっ?遠くね?』

 

と思い、聞いてみると、

もうすぐとのこと。一向に着く気配はありません・・。

 

そして、本について話すB氏の目が

充血し、ギラついてきました。

完全にアドレナリンがあふれています。 

 

この頃ようやく違和感に気付きました。笑

 

そして本には読み方があるから、

ついたら一緒に教えてあげるからね。

とのこと。

 

そして合計30分弱の道を経て

目的地に到着。

 

暗い住宅街にある古い一軒家でした。

 

この頃私は震え上がっていました。笑

 

そして殺されてはたまらないので、

言う通りに家に上がりました。

 

出迎えたのはスキンヘッド

禍々しいオーラを放つ男でした。

 

これはめちゃめちゃやらかしたと思いながら、

部屋に上がりました。

 

そこには

とてつもなくでかい仏壇が・・。

 

数珠と(笑)を渡され、

一緒に読んでねと渡されました。

 

3人でお経を読み始めました。

人生で初めて読むお経がこんなところに

なるんなんて・・

 

頭の中には

 

・殺される

・軟禁される

・タダでは済まされない

 

こんなことしかありませんでした。

 

さようなら平和な日々。

 

 まさかこんな形で人生が

終焉を迎えるとは・・

 

そしてお経が終わると、

新聞を渡されました。

その宗教の新聞らしいです。

 

お経でも貯まるけど、

集会に行くとものすごく貯まるから、

ぜひきてね!と連絡先交換。

 

 

そして最寄り駅まで送ってくれました。

 

 

イキテカエレタ・・!!!

 

 

無事車を降りれた時の安堵感は

今も忘れません。笑

 

そして何度か連絡は来たものの、

高いツボとか買わされたり、

家に押しかけて来たりとかもなく、

無事解放されました。

 

何かが貯まる本なんてないので、

みなさん気をつけて!!!

 

この話には衝撃の続きが

あったのですがそれはまたいつか。笑

 

 


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お客様は『神様』ではなく飽くまで対等な『人間』でしょう?

「いつもニコニコ笑顔のレジ打ち担当ゆるキャラいつもニコニコ笑顔のレジ打ち担当ゆるキャラ」[モデル:ホットくん 河村友歌]のフリー写真素材を拡大

 

お客様は神様という言葉に

私は常々疑問を持ってきました。

 

 

商売とはwin-win

ものであると思うからです。

 

 

ところが小売業なんかのお客さんの対応を見ていると、

自己肯定感をそんなところでしか持てないのか、

店員さんに横柄な態度

をとっている輩が

うじゃうじゃ潜んでいます。

 

 

そもそものところを考えて見ましょう。

 

 

人間は自給自足で生きてきました。

 

 

狩猟に長ける人

野菜を作る人

魚をとってくる人

 

 

様々な人がいて、

『野菜ばっかじゃ飽きちゃうから、

 魚と交換してくれよ!』

 

 

まぁこんな流れで物々交換をしていたのでしょう。

 

 

しかし物々交換というのは結構手間で、

その取引の効率化を測るために共通の価値を持つもの

つまり『お金』ができたわけです。

 

 

そうするとお金で物を買うというのは

物々交換と本来意味は変わらないはずです。

 

 

魚 ⇄ 野菜

お金 ⇄ 野菜

 

 

というように魚と同価値のお金というものに

置き換えたわけです。

 

魚と野菜を交換していた時は

お互いにありがとうと言いながら

ものを交換していたはずです。

 

しかし同価値のお金に置き換えた瞬間、

お金(魚)を渡す側が神様になってしまうのは

おかしな話ではないでしょうか。

 

これには現代の過多なサービスや、

小売業が需要に対して乱立していることが

背景にあることはわかります。

 

そもそも

『お客様は神様』

ではなく

『お客様を神様の

ように扱いなさい』という

意味合いであったのではないでしょうか。

 

 

後者であれば納得がいくわけです。

自分にない物をお客様がくれるので、

それに感謝しましょうということなら

素敵な考え方です。

 

 

しかしどこかで言葉尻だけを捉えた人間が、

お客様は神様というわけのわからないことを

言いだしたせいでおかしくなってしまったのです。

 

 

そしてその言葉を消費者が

勘違いしてしまったが為に

 

 

お金を払う=偉い

 

という謎の価値観を生み出してしまいました。

 

自分にない価値をくれる人に、

自分が与えられる

価値で応えるという

のが商売にあるべき考え方のはずです。

 

だとすれば、

売る側も『ありがとう』

売ってもらう側も『ありがとう』

という言葉の応酬であるべきなのです。

 

早く勘違いをした人が減ることを祈っております。

 

新卒入社『3年』は働けの嘘

「駄々をこねる新卒の牛駄々をこねる新卒の牛」[モデル:古性のっち]のフリー写真素材を拡大

 

 

 

◉なんで3年??

 

どこの誰が言ったかわかりませんが、

新卒で入社したらとりあえず

3年働けという言葉が常識のように飛び交っています。

 

3年の根拠は?

そもそも何故皆同じことを言うのか。

 

◉続けるという普遍の価値は間違いなくある

 

まず、続けると言うことの

価値を否定するつもりはありません。

 

どんなことでも続けている人は本当に素敵ですし、

続けなければ見えないものがあることも確かです。

 

しかし、それは続けている

そのものに価値

を見出している場合です。

 

そうでない場合は切り替えることも

大事なファクター

であることを誰も教えてくれません。

 

何故か?

3年続けろと言っている人が、

どんな人かと言うことです。

 

◉結局のところ自己を肯定する為の発言であるということ

 

サラリーマンである親や、

その会社の上司や先輩であると思います。

 

これはどういうことか?

自己を肯定したいが為の意見である

ことが多分にあるということです。

 

もしあっさり辞めることを認めてしまえば、

それは自分の人生をあっさり否定された

ように感じてしまいます。

 

自分の人生がいかに素晴らしい道を

辿ってきているかと言うことを肯定するために、

続けると言う価値を説くのです。

 

◉3年に意味はない

 

そもそも3年と言う期間に意味はありません。

 

ある人は本当にその期間に価値があると思い、

発言した人のでしょうが、

今3年続けろと言っている人は、

言葉を借りているだけで、

そこに真理はありません。

 

現に私は新卒の会社を半年で辞めましたが、

それを後悔したことはありませんし、

今の会社で3年以上勤めていますが、

3年という期間に何かの価値があったとは思いません。

 

◉期間の問題ではない

 

本気になっていれば何ヶ月だろうと、

何年だろうと価値があるし、

惰性であれば何十年だろうと

大した意味はないのです。

 

本当の成功者などの話を聞けばわかると思いますが、

働く期間の話などは出ないのです。

 

むしろ常に最善と思う選択肢を

とり続けて前に進むことを

勧められるでしょう。

 

失敗したところで、

日本に生きている限り、

最低限生きていくことは可能なんですから。

 

一度しかない人生です。

死んだ馬に乗り続けて、

あの頃乗り換えていれば

そんな悲しい思いをしないように

してほしいのです。

 

どんな場合にも議論に意味はない。

 

 

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私は小さい頃から

ディベートみたいなものが

結構好きでした。

 

今でも好きな方です。

 

仕事なんかをしていると、

破綻した論理を並べたり、

全くもって筋の通っていない

話をされると、

相手を言い負かしたくなります。

 

 

というか時々言ってしまうこともあります。

 

 

そんな時に耳にした言葉がありました。

 

 

『議論に負けたとしても

その人の意見は変わらない。』

 

確かに言い負かしたところで、

相手は黙るかもしれませんが、

根本的な意見は基本的に変わりません。

 

ましてや相手にはその時

負の気持ちが芽生え、

相手は事あるごとに私たちを

言い負かそうと躍起になる

かもしれません。

 

つまりは言葉だろうが、

武力だろうが、

ねじ伏せて相手を負かすことで得られるものは、

一時の満足感とその場だけの

勝利なのです。

 

特に我々がする議論の多くは

本当はどうでもいいことが多いのです。

 

自分のメンツなどを守るためのくだらない。

 

そんなものなら相手に譲ってあげることが

自分自身の人生や生活を円滑にする上で

とても大切なことなのかもしれません。