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年齢を重ね経験が増える一方で、常識や固定観念に縛られていく。日々小さな気づきで少しずつでも成長したい。自分なりの「生きる」を見つけるための道。

【読書13】アリさんとキリギリス


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アリさんとキリギリス ―持たない・非計画・従わない時代

 

もちろん童話のアリとキリギリスでは

ありません。

 

 

人間をアリとキリギリスという

特徴的な動物に置き換えた本です。

 

 

日本社会はこれまで

労働や貯蓄、保守的な事が

美徳のように教えられてきました。

 

 

そのような人たちをアリと例えます。

 

 

そして自由に暮らし、

これらの慣習に縛られない人は、

この社会には煙たがられてきた

わけです。それが

この本でいうところのキリギリスです。

 

 

アリは勤続表彰に誇りを持つ

サラリーマン。

 

 

キリギリスは

堀江貴文さんのような人を

想像すれば話が早いでしょう。

 

 

そしてこの本はどちらかの

生き方を推奨してはいないと

謳っていますが、

完全にキリギリス寄りに見えます。笑

 

 

かくいう私も思考的には

キリギリスにより出しているから

かもしれませんが。

 

 

アリとキリギリスの会話から

徹底的に思考の違いを

落とし込んでいくので、

もしアリよりの人が見れば、

また違った印象を持つのかもしれません。

 

 

ところで正しい日本語について

どう思われるでしょうか。

 

 

作品内の例なのですが、

よくコンビニのアルバイトの方が、

 

『〜でよろしかったでしょうか?』

 

という事があります。

 

 

間違った言葉遣いに苛立っていませんか?

私も少し気になります。笑

 

 

しかし、そもそもこの正しい日本語という

概念はどこにあるのでしょうか。

 

 

言葉とは常に変わり続けています。

 

 

100年前とは全く違う言葉を

使っていることも少なくないでしょう。

 

 

今正しいとされている日本語も、

数十年後には無くなっているかもしれませんし、

変化していることでしょう。

 

 

生物学的には新しい物の方が

優れていると言われていますよね。

 

 

その立場に立てば、

若い(新しい)人が使っている言葉の

方が優れている可能性すら

多分に含みます。

 

 

ある言葉1つとっても

解釈は非常に多様にあります。

 

 

これらを常識・非常識

正解・不正解

という狭い解釈で捉えてしまうのが

アリに多い傾向です。

 

 

逆にキリギリスは、

誰が見ても同じ事実だけを冷静に捉え、

解釈の多様性を認めた上で、

独自の判断をしていくのです。

 

 

キリギリスは少なからず、

日本語のマナーを知らないとか、

非常識だなんて言葉は発しないのです。

 

 

非常識やマナーなどは解釈の問題であり、

非常に流動的な問題だからです。

 

 

そして、キリギリスとアリは共存してこそ

価値があります。

 

 

お互いが補完関係にあるからです。

 

 

自分がアリだから

キリギリスにならなければならないとか、

その逆もまたなく、

お互いを認め合い、

違う価値観が常に存在している

という絶対的な認識と

互いへの敬意を持つことこそが、

大事なのではと気づかされました。

 

アリさんとキリギリス ―持たない・非計画・従わない時

 


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