社畜会社員の『生活』『疲労』改善プロジェクト

終電、満員電車、安い飯、短い睡眠時間。そこからくる疲労、ストレス心の闇。まずは生活と疲労を安定させれば何か変わると思うのです。一緒に一歩進みましょう。

お客様は『神様』ではなく飽くまで対等な『人間』でしょう?

「いつもニコニコ笑顔のレジ打ち担当ゆるキャラいつもニコニコ笑顔のレジ打ち担当ゆるキャラ」[モデル:ホットくん 河村友歌]のフリー写真素材を拡大

 

お客様は神様という言葉に

私は常々疑問を持ってきました。

 

 

商売とはwin-win

ものであると思うからです。

 

 

ところが小売業なんかのお客さんの対応を見ていると、

自己肯定感をそんなところでしか持てないのか、

店員さんに横柄な態度

をとっている輩が

うじゃうじゃ潜んでいます。

 

 

そもそものところを考えて見ましょう。

 

 

人間は自給自足で生きてきました。

 

 

狩猟に長ける人

野菜を作る人

魚をとってくる人

 

 

様々な人がいて、

『野菜ばっかじゃ飽きちゃうから、

 魚と交換してくれよ!』

 

 

まぁこんな流れで物々交換をしていたのでしょう。

 

 

しかし物々交換というのは結構手間で、

その取引の効率化を測るために共通の価値を持つもの

つまり『お金』ができたわけです。

 

 

そうするとお金で物を買うというのは

物々交換と本来意味は変わらないはずです。

 

 

魚 ⇄ 野菜

お金 ⇄ 野菜

 

 

というように魚と同価値のお金というものに

置き換えたわけです。

 

魚と野菜を交換していた時は

お互いにありがとうと言いながら

ものを交換していたはずです。

 

しかし同価値のお金に置き換えた瞬間、

お金(魚)を渡す側が神様になってしまうのは

おかしな話ではないでしょうか。

 

これには現代の過多なサービスや、

小売業が需要に対して乱立していることが

背景にあることはわかります。

 

そもそも

『お客様は神様』

ではなく

『お客様を神様の

ように扱いなさい』という

意味合いであったのではないでしょうか。

 

 

後者であれば納得がいくわけです。

自分にない物をお客様がくれるので、

それに感謝しましょうということなら

素敵な考え方です。

 

 

しかしどこかで言葉尻だけを捉えた人間が、

お客様は神様というわけのわからないことを

言いだしたせいでおかしくなってしまったのです。

 

 

そしてその言葉を消費者が

勘違いしてしまったが為に

 

 

お金を払う=偉い

 

という謎の価値観を生み出してしまいました。

 

自分にない価値をくれる人に、

自分が与えられる

価値で応えるという

のが商売にあるべき考え方のはずです。

 

だとすれば、

売る側も『ありがとう』

売ってもらう側も『ありがとう』

という言葉の応酬であるべきなのです。

 

早く勘違いをした人が減ることを祈っております。